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ブレードランナー 2049

前作のレガシーを受け継ぎ、かつ世界を拡張させたヴィルヌーヴ監督の偉業を見よ!




西暦2019年のロサンゼルスを舞台に、記憶を求めて逃走したレプリカント(人造人間)と、彼らを追うブレードランナー特捜班との戦いを描いた近未来サスペンス「ブレードランナー」(82)。

SFでありながら、40~50年代フィルムノワールを匂わすハードボイルドなタッチが異色だが、なにより監督リドリー・スコットが映像派としてのこだわりを発揮し、創造したデッドテック・フューチャー(退廃的未来)の壮観なさまは、映画における架空のランドスケープ・デザインを一新させた。

今度の「ブレードランナー 2049」は、恒久的にファンを捉えて離さぬ前作へ35年ぶりにアクセスし、その伝説ともいえるカルトクラシックを更新する野心的な続編だ。アイデンティティを模索するレプリカントの"その後"を真正面から描き、現実の推移を反映しつつ「ブレードランナー」のレガシー(遺産)を受け継ぐ形で進化が果たされている。






かつてレプリカントを量産していたタイレル社は潰え、それを買収した実業家ウォレス(ジャレッド・レト)の企業が、従順な最新型レプリを開発している西暦2049年。人類は依然として不正な初期モデルを捕獲し続けていた。

抑圧的な職場に身を置きながら、この使命を負うロス市警のK(ライアン・ゴズリング)は、任務を遂行する過程でレプリカントが独自の発展を遂げていることに気づく。そして捜査の果てにたどり着いたのは、昔レプリの女性と逃亡し、行方をくらました元ブレードランナー、デッカード(ハリソン・フォード)の存在だったーー。

そう、今回のミステリーはロサンゼルスを越境し、幾重ものアクション的シチュエーションや、ドラマ的なハイライトを観る者に提供する。そして映画は《虐げられし者たち》の行く末と、彼らに起こる激しい変化に焦点を当て、前作がもたらしてきた数々の疑問に回答を与えていくのだ。

加えて、そこにはオリジナルに敬意を払いながらも自分の道を踏み出すことを恐れない、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の作家性が激しく波を打つ。

善悪の概念や人間らしさの価値観に一石を投じる「ボーダーライン」(15)や「メッセージ」(16)のようなテーマを提起しながら、CGを副次的にとどめた、実物のセットがもたらす空気感の創出に誰もが息をのむだろう。名匠ロジャー・ディーキンスの撮影によって写し取られたそれは、作り物の安っぽさを一点も感じさせることはない。

こうした要素が、この映画を前作に依存しきった縮小再生産とは違う、世界の拡張をなす堂々たる巨編にしているのだ。2時間43分というランニングタイムに尻込みしていると、2017年を代表する一本を見逃がすことになる。

(尾崎一男)



ライアン・ゴズリング、14歳で見た「ブレードランナー」の衝撃は「記憶から消えない」






「ラ・ラ・ランド」で新たなファンを獲得したライアン・ゴズリングが、傑作SFアクション「ブレードランナー」(1982)の30年後を描く続編「ブレードランナー 2049」について語った。

前作のメガホンをとったリドリー・スコットが製作総指揮を務め、新たに「メッセージ」「ボーダーライン」のドゥニ・ビルヌーブ監督を起用した本作。2019年の近未来を舞台に、労働用の人造人間“レプリカント”の暴挙を阻止する捜査官“ブレードランナー”の追跡劇を描いた前作から30年後。

現役捜査官のK(ゴズリング)と前作の主人公デッカード(ハリソン・フォード)が、謎めいた科学者ウォレス(ジャレッド・レト)の陰謀に迫っていくさまが描かれる。

ゴズリングは、「ブレードランナー」が今なお世界中から愛されている理由について「悪夢のような近未来が描かれているのに、説得力があってリアルだし、現実に起こりうる話なんだ」と見解を述べる。

「『ブレードランナー』はとにかく記憶から消えることがない作品だった。あの世界の残像を振り払うことはできない。現実的なのにロマンティックな夢を見ているような手法で語られていくんだ。時間の経過と共に、この映画の独自性が証明されていったと思う」。

ゴズリングが「ブレードランナー」に出合ったのは、14歳のときだという。当時を思い返し、「それまでの自分が見聞きしてきたものに、『ブレードランナー』がものすごく影響を与えていることに気づいた」と衝撃を語っている。

ゴズリングの言葉通り、酸性雨が降りしきる陰うつな画面、日本語を含めたさまざまな言語が雑多に並び、東洋の文化が入り混じった未来像は、以降のあらゆる作品に影響を与えていった。

「ブレードランナー 2049」では、そういった世界観がさらに深化しており、スモッグが垂れ込める町の様子やネオンが光る店といった前作にも通じる描写だけでなく、広大な砂漠や雪原、謎めいた施設などが次々と登場する。

その世界に生きる人々についても変化が訪れており、ゴズリングは「登場するのは前作以上に厳しく孤独な世界だ。その結果、ブレードランナーの仕事もさらに複雑になっている。Kは違法なレプリカントを見つけるために送り込まれる。そして、図らずも自分自身にとって重要な意味のある謎を発見してしまうんだ」と秘密のベールに包まれたストーリーの一端を明かしている。




「ブレードランナー 2049」ビルヌーブ監督、第1作に続き「本作でも日本要素盛り込んだ」






来日中の「ブレードランナー 2049」の出演者ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、シルビア・フークス、メガホンをとったドゥニ・ビルヌーブ監督が、10月24日に東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズで行われたジャパンプレミアに参加した。

傑作SF「ブレードランナー」(1982)の30年後を描く続編。2049年の近未来を舞台に、労働用の人造人間“レプリカント”の暴挙を阻止する捜査官“ブレードランナー”のK(ライアン・ゴズリング)と前作の主人公デッカード(フォード)が、謎めいた科学者ウォレス(ジャレッド・レト)の陰謀に迫っていくさまが描かれる。

「ノック・ノック」で知られるアルマスは、Kの恋人ジョイ、「鑑定士と顔のない依頼人」で存在感を発揮したフークスは、ウォレスの忠実な部下でレプリカントのラヴに扮する。

万雷の拍手と歓声で迎えられたフォードは、前作のメガホンをとり、本作では製作総指揮を務めるリドリー・スコット監督からオファーを受けた当時を振り返り、「リドリー(・スコット)はあんまり電話を使わないのに、あのときは電話をかけて来たからびっくりしたよ」と茶目っ気たっぷりに語ったほか、戸田奈津子氏の通訳を聞いて「それが私の言いたかったことだ」とジョークを飛ばすなど、気さくな人柄で観客を魅了していた。

作品については「よく練られているし、厚みがある特別な映画だ。複雑でユニークな世界を描いている。前作も本作も俳優としてストーリーを物語る役目を負っているが、今回は、その役柄がもっと広がったんだ。参加できてうれしかったよ」と充実感をうかがわせた。

第1作に続き本作にも、日本語を中心とした日本文化が取り入れられている。「メッセージ」「ボーダーライン」で知られるビルヌーブ監督は「日本という国や文化からの影響は、第1作で顕著だった。

本作でも、できるだけその流れを受け継いでデザインや衣装に反映したよ。広告や看板にも日本的な部分が感じられるはずだから、注目してほしい」と語ったほか、第1作が当時の新宿にもインスパイアされていることを受けて「最初にゴズリングに会ったとき、『新宿には行ったの?』と聞かれたんだ」と明かした。

胸元が大胆に開いたドレスで登場したフークスは本作でアクションシーンにも果敢に挑んでいるが、「出演が決まった翌日からトレーナーがついたの。週6日、1日6時間のトレーニングが始まったわ。

そのおかげで、身かけも自分の感覚としても強く変身することができたの」と手ごたえをにじませた。一方、“ネタバレ厳禁”のキャラクターに挑戦したアルマスは「ジョイをどうやって演じていいか、見当もつかなかった。彼女が象徴しているものと気持ちは真逆なの。監督やライアン(・ゴズリング)といろんな話をして、作り上げていったわ」と言葉を選びつつ語っていた。



映画レビュー

❇163分はあっと言う間の視覚体験!!

ソーラーパネルがガラスの海のように広がる2049年のメトロポリス、L.A.のビジュアルは、先人が視覚化した煙突から時折飛び出す炎が漆黒の闇を照らす画期的なイメージに匹敵するもの。もし、その前作を未見でも、人工知能を開発してしまった人類に与えられた限りある未来を、誰が、どう切り拓き、どう受け継ぐかという物語の経緯と、そして、涙なくしては見られない結論は、観る人全員を興奮させ、感動させるはず。

35年の時を超えて再設定された映画は、だから決して世代を選ばない。ライアン・ゴズリングがここまで役にハマった例はそう多くないのでないだろうか?その透明な皮膚感といい、感情を封印した無表情といい。いずれにせよ、163分はあっと言う間に過ぎ去る視覚体験である。




❇大御所感が出てきたD・ヴィルヌーヴ監督の濃密な映像世界

「複製された男」そして「メッセージ」と、SF映画ファンの期待に応える快作を作ってきたドゥニ・ヴィルヌーヴ。監督作を重ねるごとにスケールを増してきた感のあるヴィルヌーヴが、満を持してSF映画の金字塔「ブレードランナー」の続編に挑んだ。

前作でリドリー・スコットが創造した日本テイストあふれる近未来のLAなどさまざまな要素を引き継ぎつつ、P・K・ディックの原作小説の思索的・哲学的命題も新たな解釈で盛り込んだ(ディックの「模造記憶」の要素も意外な形で登場する)。

そして何より、あらゆるショットがお金と手間暇をかけてじっくりと作り込んだと思える重厚で濃密な味わい。編集のテンポ感が少々ゆったりしすぎかなという気がするシークエンスもあるが、軽快なストーリー展開よりも作品としての重みと格調を優先したのだろう。BGMも重低音が圧巻なので、音響設備のよい映画館での観賞をおすすめしたい。




❇”俺の嫁”は電子憑依するか

『ゴースト・イン・ザ・シェル』が
お子様ランチに思えて来るほどの
成熟感があるのだが

今回もそんな「日本」の影響を濃く感じる

光と影のコントラストを多用した映像は美しく
特に Niander Wallace のシーンは
人間とは思えぬ演技(表情)に鬼気迫るものがある

逆に Joi こそが最も人間らしく皮肉であった

こんな未来は嫌だ
ところが現実もこんな嫌な未来に
向かっている気がしてならない



皆さん、参考になりましたか?🙋

今週末に見にいく人いるかな?
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