記事一覧

ディズニー映画から「王子さま」が消えた…変わりゆく女子の幸せ 4

エルサの覚醒



妹アナは、能力者エルサをどうやって覚醒させたのか。

妹アナは、逃げた姉エルサを訪ねて説得するが、拒否される。そのおり、誤って氷の力で胸を射貫かれてしまう。魔法の誤射です。ほとんど流れ弾に当たったという感じだけれど、それで、彼女は氷り始める。

森の妖精に「この凍った心を溶かせるのは真実の愛だけだ」と言われる。このままでは凍え死ぬため、真実の愛の相手だと信じていた王子ハンスにキスしてと頼むが、見捨てられる。悪の王子ハンスの真の姿が露わになる。

悪の王子ハンスは、雪の女王エルサを捕らえ、人類の敵として死刑を宣告する。なにげなく見ていますが、このあたり、かなり暴力的な展開をしています。

ハンスは、エルサを自らの剣で斬り殺そうとする。

その剣が振り下ろされた瞬間、凍え死にかけていたアナがその剣の下に駈け込み、阻止する。剣で斬られる刹那、アナの全身が氷結する。氷の塊となったアナは、振り下ろされた剣を粉々に砕き、エルサを守る。氷結した風圧で悪漢王子ハンスは吹き飛ばされる。

エルサは氷となり動かなくなってしまったアナの顔を両手で包み「アナ! アナ! そんな! いや!」と彼女を抱きかかえて泣き崩れる。

すると。あら不思議。

アナの胸の部分から、氷が溶け始める。またたく間にアナは生き返り、二人は抱き合う。

「私を助けるために、なんてことをするの」
「大切な人だから」

という姉妹の会話を聞き、オラフ(洋風の雪だるま)が「ああっ、真実の愛が凍りついた心を溶かしたんだよ」と叫ぶ。それを受けてエルサは「愛は氷を溶かす………」と呟きつつ、その瞬間にすべて悟る。

「愛、そうよ、愛よ!」とエルサは叫び、その瞬間に、魔法の力の制御のしかたを会得した。ジェダイとして覚醒し、氷を溶かし、アレンデールに夏を戻した。ジェダイじゃないけどね。でもこれでエルサはフォースを自由に操れるはずである。



何が凍りついたアナを溶かしたか



姉の魔法の力で氷結してしまったアナは、なぜ、生き返ったのか。

ふつうは姉がアナが氷りついたのを見て、哀しみ、泣いたために解けた、というふうに捉えるだろう。しかし、私はそれは違うとおもう。

それでは展開上、奇妙である。エルサは、まだ自分の力が制御できないまま、妹を失い泣き崩れているだけなのだから。

童話のパターンとして、死んだ相手にとりすがって涙を流すと死者が生き返るというシーンはいくつもありますが(「美女と野獣」がそうですし「塔の上のラプンツェル」もそうです)、表面上はそのパターンと同じながら、その実体は違ってるとおもう。

エルサが、魔法の力を制御できるようになるのは、アナが生き返ってからだ。

だから、その直前、凍りついたアナに抱きついたときは、まだ魔法の制御ができてなかった。だから、氷を溶かしたのは、エルサの力ではない。

愛の力によって溶けた。

この時点では、まだダークサイドにいる姉は(自然の力に負けたままの状態のエルサは)、妹のことまで考えている余裕がなかった。

現に、ハンスに斬られようとしてるが避けていないし、アナが身を挺して守ろうとした瞬間も彼女に気づいていない。凍りついてしまった妹を見て、抱きついて泣いているだけである。

抱きついているときのエルサは、ただ、後悔している。

愛する者を失ったとき、しかもその原因が自分にあるなら、死者にすがったときにまず出て来る言葉は、愛してるではなく、ごめん、悪かった、そういう言葉のはずです。愛の言葉ではない。だから溶かせない。

愛があったのは、妹のほうである。



自分の身を挺してまで姉エルサを守ったアナ。

彼女は、姉の魔力によって永遠に凍らされようとしているのに、それでも姉を心配し、斬られる姉を守った。氷になったから斬られなくて済んだけど、でも止めに入ったときは斬られるつもりで飛び込んでいた。大切な人だから、一身をなげうって守った。

アナには真実の愛の心があった。

となると。

凍りついたアナを溶かしたのは、アナ本人の力、アナの心に強く蘇った姉をおもう愛の力によるものだ、ということになる。

アナは、姉エルサを守ろうとした真実の愛の力によって、つまり自分で動いたことによって、凍りついた自分を溶かすことができた。氷結する直前に、我が身を投げ打って姉を守ろうとした愛の力によって、氷結した直後から氷結直前の行動によって溶け始めた、ということになる。ちょっと妙な話ですけどね。でも、そう考えないと辻褄が合わない。

エルサはアナを救っていない。

アナはエルサを救おうとして、エルサを救い、自分も救った。

だって、彼女は主人公だから。

メッセージ性を読み取るなら「キスを待つという、受け入れられる愛では自分は救えなかった。自分から愛している人に飛び込んだら、自分も救うことができた」ということになる。



王子さまはもう必要ない!



そのあとエルサは、アナの真実の愛を目の当たりにして、またオラフの言葉によって、自然存在のあらゆる力について、瞬時に悟ったわけである。

頓悟である。

〝偉大なる力〟は訓練によって徐々に得られるものではなく、一瞬にして得られるものである、ということを示したシーンでもあります。すばらしい。

変わるとき、人は一瞬にして変わる。徐々に変わっているなあと自分で感じてるときは、実は何も変わっていない。教訓としておきましょう。

アナは自らの真実の愛の力によって、みずからを救った。

エルサは瞬時にしてすべてを悟った。頓悟した。

これはふつうの人間の愛と、能力者の頓悟の物語なのだ。この二重構造が、とても魅力的だったのだ。

ディズニー・アニメはこの映画ではロマンスを手放しています。

ハンス王子や、氷売りのクリストフとの恋も描かれているけれど、それは見てる人をわざとミスリードするための(驚かせるための)サイドストーリーでしかない。物語の本質とは関係がない。

この映画は、プリンセスにとっても王子は必要でなくなった、ということを示していた。まさに〝王子殺し〟の映画である。

ディズニーのプリンセスは、いつも「幸せになりたい」と考えている。かつては王子さまと一緒になるのが幸せの象徴であったが、いまはもう、王子さまも要らない、と示された。この大ヒット映画が宣言した。

その3年後の『モアナと伝説の海』には、もはやロマンスのかけらも示されていない。

恋愛で女性が主導を握って引っ張っていった世界のなりゆきが、こういうことなのだろう。

ディズニー・アニメ映画を観ているかぎり、世界は少しづつではあるが、よくなっているようにおもえる。動物種として幸せになっているかは疑問であるが、それは別に気にしなくていいのだろう。



アナ雪が何を言いたかったがわかったのではないでしょうか?もう一度、見れば何か違うものが見えてくるかもね



この本も参考にしてください。

本を読むなら電子書籍はどうですか?


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント